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カナリアの弁護士

2010/06/21
category - 未分類
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 古今東西、坑道には小鳥を持って行く。小鳥は、弱いからこそ、地崩れやガス噴出などの小さな前触れにも気づいて騒ぎ出すからだ。アーティストの役割も同じだ。ヘタレであればこそ、だれも気づかないような問題に、誰よりも先に反応する。それこそが、社会におけるアーティストの存在意義だろう。

 我々の日常生活は規範でできている。しかし、その規範は、硬直的に自己体系化し、そのためにしばしば大きく現実から遊離してしまう。つまり、守りえない規範や無意味な規範、それどころか守ると危険な規範というものを作り出してしまう。ここで脆弱な者はだれよりも先に泣き言をいう。しかし、社会の現実性逸脱において、このような泣き言こそが重要なのだ。

 もっともうまく泣けないものも多い。こういうときにも、アーティストは、真っ先に共感し、その人になりかわって作品として思いを世に知らせる。捨てられる枯れたひまわりの美を弁明する、忘れられる古い歌の慰めを立証する。なぜなら、そこにこそ、規範に網の目に押しつぶされてしまおうとしている真実があるからだ。この意味で、アーティストは、弱きものの味方になって声を上げる弁護士でなければならない。
                                 
                                      

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