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『日本風景論』と現在

2017/01/14
category - 未分類
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1894年、日清戦争の始まった年、志賀重昂が出した。当時、31歳。88年から政教社で週刊(隔週刊)『日本人』を出し、「国粋主義」を唱えていた志賀が、日本風土を、その多様さ、水蒸気、火山、流水などから具体的に論じたもの。いま読んでも、十分におもしろい。

とはいえ、いま、この国の風土を、これらの要素で語れるのか、というと、疑わしい。まず多様さが失われた。北海道から九州まで、どこでも同じ。蒸し暑さ、多雨多雪というのは、海外と比べての話なのだろうが、いまや世界でもっとひどいところも多く知られるようになり、あまり説得力が無い。火山については、地震の頻発でも実感されるが、都会の生活で身近か、というと、そんなことはない。まして、流水など、ほとんどが暗渠化し、県境の川でもなければ、目にする機会の方が少ない。

しかし、それは世界でも同じだろう。どこでも同じようなビルが建っていて、その中では、寒暖もあまり無い。生活習慣も国際化して、食品から娯楽まで、その国の風土らしさのようなものは消え去ってしまった。ドイツ人がカレーソーセージを好み、日本人がラーメンをほうばり、アメリカ人が寿司をつつく。それが現実。

そのせいで、日本のどこへ行っても、世界のどこを旅行しても、いわゆる町中では、あまり代わり映えがしない。便利になったと言えばなったのだろうが、あまりわざわざそこに行かなければ見られない、食べられない、感じられないというものが無くなった。画一化。そういうところには観光客が行く価値もあるまい。

国粋といっても、諸藩の寄せ集めで、なにが日本の国風だったかわからなかったからこそ、志賀は日本らしさというものを論じなければならなかった。いまは逆に、我々自身の存在価値、日本そのものの存在意義を明らかにするべく、ここまで薄まってしまった日本らしさを再濃縮して再認識する必要を生じてきているように思う。それこそが、国粋。しかし、さて、そんなものがまだこの国に残っているだろうか。

                                 
                                      

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