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左右の定義

2015/04/13
category - 未分類
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 右と左なんて説明するまでもない、などと言うなかれ。右と左というのは、意外に難しい。たとえば、自分の右手、というのは、これはそれほど問題はあるまい。では、車の右ランプはどちらか。これも、運転種の右手の側だろう。しかし、対向車の場合はどうか。この場合も、他人の右手と同じで、自分の左手の側になる。だが、その次、ステレオの右スピーカーは、どっちだ? それは、聞く人の右側? それなら、ステレオではなくて、演奏者のいるエレピのスピーカー(ステレオ)の右は? ピン芸人の出てくるテレビ番組(テレビではない)の右は?

 ようは、主体性をどこまで、何にまで認めるか、という問題だ。逆に言うと、自分の左手側が右であると思うものに、我々は、その主体性を認めている。運転手や運転手の乗っている車などはもちろん、ネコなどでも、主体性を認める。しかし、ステレオのような、自分の意思従属すると思われるものとなると、我々は左右を決める支配権を自分を基点として考えるようになる。

 さて、教室の右側は、どっちだろう。体育の教員は、右手を大きく上に上げて、と言いながら、左手を上げる。本の右ページは、本にとっての左ページ。ほら、よくわからなくなってきた。
                                 
                                      

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