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現在形と過去形

2010/04/30
category - 未分類
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過去というのは、現在があってこその過去だ。たとえば、「私は勇気がなかった」というのは、「今にして思えば」ということであって、そこには現在が臨在する。そこでは、その結果も著者は知っていることが言外に伝えられている。逆に、現在形は、会話時点の同機的実況であって、その結果どうなるかは、著者すら知らないということでもある。

プロの物書きの大半は、現在過去混淆形で書く。それは文法の乱れではなく、自分が読者に語っていることを自覚し、著者と読者の共感と断絶を読者と共約化していっているからだ。むしろ、戦後の米語翻訳調の単文主義の方が異常なのだ。野坂昭如によって復興され、いまの文学の主流となった戯作文体において、複数のイメージが折り重なりながら流れていく。つねに現在という時制が主軸となり、そこに過去がまとわりつく。そして、それこそが、むしろ古代以来の世界中の語りの本来の姿でもある。

大学時代に山口明穂先生に習った、文法に対する繊細な感性は、いまも自分の宝となっている。しかし、自分にはまだまだ勉強すべきことが多くある。

                                 
                                      

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