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新しいブログの開設

2010/04/01
category - 未分類
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以前のブログが使えなくなった。まあ、よい機会だ。いろいろ一新しよう。だいいち、年齢とともに、問題の関心も変わっていく。もちろんテーマとしては一貫しているのだが、その発見を学知として表現にしていくセットは、つねに最適なものが求められる。

近代は、科学の時代だった。その学知は、言葉で語られ、伝達によって再現可能であると信じられた。そして、それ以外は、知の世界から徹底的に排除された。しかしながら、芸術や錬金術、料理術などの世界では、熟達者だけの業、熟達者ですら一生に一度しか実現できないような業というものがある。そのたった一回、それも実現できるかどうかすらわからないことのために、彼らは日頃から修練を積む。そこでは、知と人が一体であり、学ぶということは、自分自身を作ることにほかならない。

近代の科学主義の傲慢との対決。本来の学知、人文主義の復権。この問題について、ここでは考えていこうと思う。

                                 
                                      

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