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呪われた春分の日

2011/08/05
category - 未分類
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 3月20日は、日曜だった。19日から21日まで三連休。何をしていたか、憶えているだろうか。3月14日11時、プルトニウム入りの福島第一原発三号機が水素爆発。その後、メルトダウン、ついには再臨界で不規則な小核爆発を起こし、20日午後、圧力容器そのものが破損。天高く高温の放射性プルームを吹き上げ、これが運悪く春の前線に沿って関東に回り込み、茨城千葉方面に大量の汚染をもたらした。政府、東電の発表だと、あくまで20日は安全のための人為的なベントだったというが、すでに14日に建屋内部で大爆発しているのに、配管その他が外れも歪みもしておらず、弁が無事に開いたなどということは常識的にありえまい。

 あの前後、海外メディアは、すでに大騒ぎ。空港は外国人が脱出の列。横須賀も米人は一斉退去。ドイツ気象庁なども、放射性プルームに対する警戒を呼びかけた。ところが、国内のテレビは、デマを垂れ流し。デマにまどわされるな、と言うのが、デマなのだから、あまりに始末に悪い。ネットでも、ライブドア奨学生とやらが、MITを名乗るインチキ学者(じつはMITの経営学のヒヨッコオーバードクター)のデタラメ記事の翻訳で、再臨界などいうやつはバカだ、と理系バカ丸出しのウソをまき散らしていた。

 あの日、あの雨の中、何も考えず、普通に生活をしていた人も多いだろう。だが、その一日のせいで、死ぬまで内部被曝し続ける。だが、これは放射能に限るまい。毎日、毎日が、審判の日なのだと思う。何をするのか、しないのか。ところが、困ったことに、ほとんどの人は、何をしているのかも、自分ではわかっていないし、憶えてもいない。
 

 
                                 
                                      

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