ヘッダー画像

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

ホームページ

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

    
            

スポンサーサイト

--/--/--
category - スポンサー広告
                         
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
                                 
                                      
            

大学の感性

2011/06/20
category - 未分類
コメント - 0
                         
 どうせに行くなら、頭の良い大学、と思いがちだ。もちろん、そのことも大切だろう。実際、バカは移る。とくに若いうちは。しかし、どんなバカでも、年とともに直るし、むしろ若いうちは、バカをやっておくことも大切な勉強だ。一方、もっと問題なのは、性格や感性。若いときに大学でねじ曲がってしまった性格は直らないし、鈍ってしまった感性も、取り返しが付かない。

 大阪芸大の節電ポスターは、プレヴェールの「夜のパリ」だぜ。夜、3本のマッチを、1本目は君の顔、2本目は君の目に、そして最後で君の唇を見つめる、その後の闇がすべてを思い出させ、私は君を抱きしめる。ここで言う「君」は、擬人化されたパリという愛しい街そのもの。こういうときに、さらっと、こういう詩を挙げてくるやつらがいる大学は、とんでもなく良い大学だ。意味がわからなくても、若いうちに、美しい言葉、美しい思いには触れておくべきものだ。

 ところが、若いときに変な大学に行ってひねくれてしまった私は、すぐにこのポスターの下に、うろおぼえの寺山修司の歌を、いたずら書きしたくなる。太平洋に散っていった若き兵士たちに捧げた歌。マッチ擦るつかの間、海に霧ふかし、身を捨つるほどの祖国はありきか。寺山を卒論に選んだ友人は、当時、あの大学では院には進学させてもらえなかった。いまは立派に偉くなっているのだが。
                                 
                                      

コメント

非公開コメント

    
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。