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葬式仏教批判の時代遅れ

2010/08/08
category - 未分類
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 いまだに、日本の寺は葬式仏教だ、なんて、批判しているやつがいるが、よほど最近の寺のことを知らんのだろうなぁ。いまや親族だけの密葬だらけで、葬式も出さない。まして、寺なんか呼ばない。高齢化を見込んで、一時は裏山を切り崩して墓地の乱開発をする寺もあったが、少子化で、後々、参拝してもらえる当てもない年寄りは寄りつかず、大量に売れ残ってしまった。

 これで危機感を抱かぬ寺などない。初盆でも、施餓鬼でも、みな、短い時間でも説法に努め、仏教そのものを知ってもらおうと努力している。人が来る来ないはともかく、門前に月の教句を掲げ、また、法話会を開いて、世の啓発を心がけている。キリスト教の教会でもそうだ。聖書の勉強会を開いていない教会など、一つもない。新興宗教も、かつての新信者獲得よりも、信者としての訪問活動そのものの意義の方に重点を変えてきている。教団に入ってくれなくても、なにかに気づいてもらうことを大切にしている。

 宗教批判をしている人は、自分の信心の無さの言いわけのためではないのだろうか。無教会派という信心のあり方もあるのだが、どうもそうでもないらしい。なんにしても、神も仏もわからぬやつは恐ろしい。恐いものなしのやつは、なにをするか、わかったものではない。 
                                 
                                      

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